えぞてくブログ

ITと北海道と日常と、そんな日々を綴ります

人生何度目かの地震を身障者として被災した件( 胆振東部地震)

■ SPEC

私:アラフォー。3年ほど前に脳卒中を患い、左半身麻痺が残る
妻:アラフォー。健常者
住居:築25年の5階建の5階

胆振東部地震発生時の状況

妻は夢の中。私は2時頃に起き出し、前日の仕事で引っかかったところの調査を3時頃に終え(ゲームしながらだけど)、さてもう少し進めるか、翌日のために寝るか…と思案していると、突然地面から突き上げるような揺れが。後追いで地震速報がスマホから告げられる。散らかった部屋を一旦片付けたり、浴槽に水を入れながら、ラジオで情報収集。途中、地震から30分もたっていない頃だろうか、停電が発生した。

■ 1日目(9/6)

ほぼ終日停電。飲み水の備蓄体制は敷いていたのと、水道は生きていたのでそれほど焦らなかったが、ガスも生きているにも関わらず、電気がないと湯沸かし器が使えないとこの時になって初めて気付く。インスタント麺でも買えたら買うか、ぐらいの気持ちでコンビニに足を運び、無事ゲット。 電気も使えないので、終日ラジオを聴きながらまったり過ごす。また、余震も続いた。町の中は、車も人もほとんどおらず、さしずめ、ティザスターストーリーの冒頭のようだった。

当然エレベーターは死んでおり、また、我が家の非常階段には手すりがないため、外出時は苦労した。

20時前後には電気が戻った(らしい。私は寝ていた)

■ 2日目(9/7)

電気が戻ったものの、エレベーターは使えず。再度、非常階段で外にでて、少し妻と車で近辺を見て回る。メインストリートにひびが入り(後日知ったが4km程断裂しているらしく、復旧目処は1週間との事だった)、コンビニからはアルコール以外の飲食物は消えていたものの、SNS等で話題になっていた、セイコーマートのホットシェフは稼働していたようだった。

■ 3日目(9/8)

エレベーター復活。外出時、無意識にエレベーターのボタンを押した際に、妻に「動いてるの?」と聴かれハッとし、確認すると4階まで来ているのがわかり歓喜。近所のスーパー、コンビニでも商品が少しずつ並びだした。勢いに乗って外食したがカード決済も普段通り使うことが出来、生活圏内はほぼ、日常にもどった。

■ まとめ

・自分が障害者になったこともあって、熊本地震の時に、震災時の備蓄について考え出した
・水と非常食の備蓄はしていたが、水の備蓄量に若干が懸念が残った。また、米やパスタなど、主食の備蓄の強化が必要
・懐中電灯のみで生活するのは不便。LEDランタンが必要
・モバイルバッテリー必須。我が家はこれで大分助かった
・乾電池もこれでもかというぐらい備蓄。AMラジオや乾電池式モバイルバッテリーに使える
・出来ればガスが死んだときの火の準備も。我が家は、カセットコンロを用意しているけど…
・非常時、やはり、障害者やお年寄りにはまだまだ厳しい現実が待っている(これが言いたかった)